箱根に一目万本桜を探して

結論から、先に言おう。結局、今年も一目万本桜（ひとめまんぼんざくら）の艶姿を拝むことはなかった。 ガイドブックを見ても、観光協会の方に聞いても、駅員さんに聞いても、目指すは「千条（ちすじ）の滝」、 そこへ行けば、会えると、今がきれいだと、そう聞いてやってきたのだが……

行き先、二転三転の朝 　もともと、他人と出掛ける時と、一人で出掛ける時とでは、計画性というものに、天と地ほどの開きがある私。 人数が少なくなればなるほど、ましてや、一人になると、計画性という点においてはナシに等しいものとなる。 　この日の朝、多摩森林科学園へ出掛けるつもりだった。しかし、我が家のそばの八重桜は、全くと言っていいほど、 咲き進んでいない。花が咲き進んでいないのならば、北へ向かうか、標高を上げようと考える。ならば、箱根峠〜 十国峠あたりへと行き先を変えたが、電車が小田原へ着く頃には、雨が降り出してきた。山の上の、 しかも吹きっさらしのところで、桜（マメザクラ）を見るには、どう考えても無理がある天候だ。ふと、 箱根と言えば、「一目万本桜」という言葉を思い出し、再び、行き先を変えることにした。

箱根の道は桜みち 　箱根湯本でバスに乗り換えた。日曜日の午後、箱根へ向かうバスは、私一人の貸し切り状態だ。ドライバーさんと 世間話をしながら、和気あいあいとドライブ気分。雨のせいで、早くも山下りの車が渋滞になっているが、こちらは、 グングン標高をあげていく。谷の向うに咲いた桜が、花火がはじけたあとの煙のように、霞んで見える。 　小涌谷温泉でバスを降りた。ツツジの名所として有名な、三河屋旅館の庭園「蓬莱園」のところである。 降りてみれば、ここだけ色彩が違う。ベニシダレも、ソメイヨシノも満開だ。雨に濡れたベニシダレの花の色は、 触れれば指先が染まるのではないかと思うほど、色鮮やかだ。こんな色彩に出会えて、雨の日の花見もいいものだと思い直す。 蓬莱園では、もう、ミツバツツジが満開になっているが、今日のベニシダレは、そのツツジの色彩にも負けてはいない。

ミツバツツジ

千条の滝についたものの 　標識に従って、千条の滝を目指すが、だんだん、桜から遠ざかっていくような気がして心細くなった。千条の滝についても、 やはり、桜らしい姿はない。浅間山へのハイキングコースが続いているが、この先なのだろうか？しかし、この雨の中では、 行く気にはなれない。千条の滝の周辺の木々は、大部分が、芽吹いてはいないようだ。沢筋は、やはり気温が低いのだろうか。 それにしても、雨と靄で、木の様子がよくわからない。ザックの中の双眼鏡を取り出しても、この雨では使い物にはならないだろう。 諦めて、先程の道を見送って、違う道を小涌谷駅へと下る。 　道々、桜は出てきたものの、一目万本というわけにはいかず、せいぜい二十本くらいだろうか。きれいなことはきれいなのだが、 期待通りとはいかず、やはり寂しい。一目万本はどこにあるのだろうか？漠然と、おぼろげな記憶を頼りにやってきたことが 悔やまれる。

枝を広げた山桜

途中、何気なく横道へ入ったら、形のよいオオシマザクラとヤマザクラの木に出会った。オオシマザクラは、枝が テーピングされていたので、誰かが面倒を見ているのだろう。満開だが、花傷みはない。雨にしなだれているが、 純白の立ち姿は、やはり「美しい」の一言でしか現わせない。よく考えたら、今年初めて出会った満開のオオシマザクラだ。 ただ、厳格に言えば、この桜は、オオシマザクラの種の中のサクラであって、生っ粋のオオシマザクラではないような気がする。 でも、今日は、桜観察はやめにして、この桜たちに出会えたことだけを感謝しよう。甘い香りが、心を落ち着かせる。 　ヤマザクラも、全体の形がいい。自生していたというよりも、以前、人の手をかけられたもののような気がする。根元から 何本にもわかれた枝が、豊かな花をつけてきれいな弧を描いている。こちらも満開。

形も香りもよい

山、少し笑う 　小涌谷駅に着く頃、山を覆っていた靄が晴れた。少し白っぽく感じる場所を、じっと眺めていたら、桜のような気がしてきた。 ほんの僅かだが、ほころんでいるらしいその様子が感じ取れる。そう言えば、山をのぼってくる時も、たくさんのヤマザクラを 見かけたが、決して花付きがいいとは言えず、立ち止まれば、数えられるくらいだったことを思い出す。 　今年、千条の滝の周辺の、山は笑うのだろうか？一目万本桜は現れるのだろうか？それとも、もう終ったのだろうか？ 箱根でも、桜の季節はそう長くはない。１週間前、箱根湯本で満開になった桜は、今日、強羅で満開になり、雨に打たれて散り 始めていた。ソメイヨシノの桜前線は、一気に箱根の山をのぼりきったようだ。 　 あらためて、翌日 　翌日の朝、晴天。日中、温度が上がるというが、外はとても寒い。寒いはずだ、丹沢が真っ白になっていた。４月も半ばを 過ぎての降雪。箱根は、今日もまた、冷たい風が吹いているのだろう。

車窓桜風景（大平台付近）